今日で、東日本大震災から15年目となります。
震災の犠牲者の方々への黙祷を、私もまた行おうと思っています。
当時の私は神戸の自宅にいましたが、実は震災の2か月ぐらい前に現・パラリンアートの前身であった旧・セルフサポートという会社にアーティスト登録してからまだ間もない頃、ケント紙にアクリル絵の具で横に広がる海岸の砂浜と波の絵を描いていまして、画面の右側に「白い旗」を砂浜に立てるように描き込んでいたことを、今でも鮮明に覚えています。🏳️
「白旗」は、昔から ” 私は負けましたと ” いう降伏の印とか、あるいは源氏の旗という風に言われていますが、今から考えたら私は画家として東日本大震災を予知した絵を描いていたことになります。
私もまた、あの震災の当事者であり被災者または被曝者と言えます。
というのも、震災が発生して原発事故あってから3か月後ぐらいに、迂闊にもニュータウンの駅前にあった自販機で販売されていた、福島工場で生産された放射能入りの野菜ジュースを、それとは知らずに全て飲み干してしまったからです。
「あと10年も生きられないのではないか」と当時の私は思っていたのですが、あれから15年もこうして生かされているのは、本当にありがたいことです。🙏
ただ、やはり肝臓などは今でも弱っているように感じられ、「おそらく私は現在70代後半の父親よりも長生きはしないだろうな」と諦観しながらも、残りの人生の1日1日を出来る限り大切に生きるようにして、身体の健康にも気を配っています。
我が家の4人家族のうち、私だけこのような目に遭うのは、よっぽど私の業が深いんでしょうね。。。
スピリチュアルの世界では、すべて起こることは偶然ではなく必然である、と言われますから・・・
ちなみに、「白旗」は源氏の旗とされていますが、私の父親はその昔に埼玉県の志木市に住んでいまして、凸版印刷の工場で働いていたことがあります。
志木市の「志木」のルーツは、古代朝鮮半島にあった新羅(しらぎ)の国のことらしく、またあの辺りには桜の中でも非常に珍しい品種の「ハタザクラ」があります。🌸
この事は、少なくとも私には偶然のようには思えません。
そして、新羅はもともと「斯蘆(しろ)」と言われていたらしく、奇しくも古代イスラエル王国にも「シロ」という同じ発音の地名があります。
偶然なのかも知れませんが、「ハタザクラ」とともに「シロ」もまた私の父方の祖先のルーツを探る上で、重要なキーワードになっているのかも知れません。
韓国の慶州(キョンジュ)の姉妹都市が、兵庫県豊岡市の旧・出石(いずし)町や、宇佐神宮のある大分県宇佐市というのも気になります。
私の父方の祖先は、ひょっとしたら兵主(ひょうず)神社などに祀られている「天日槍(アメノヒボコ)」の系統だったのかな?
何はともあれ、先日に祖母の夢を見たこともあり、東日本大震災の犠牲者の方々などあの世におられる死者の存在を忘れないように、折りに触れて思い出すようにしようと思っています。

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